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南海100駅自慢 愛STORY

河内長野

登るたびに思い出が増えていく。金剛山は、人生そのもの。

  • “金剛山の伝説”と呼ばれる男
    大阪府と奈良県をまたぐ標高1,125mの金剛山は、国内でも有数の登山者数を誇る山です。そこで“金剛山の伝説”と呼ばれるのが平野次男さん(80歳)。平野さんが金剛山を登り始めたのは、大阪でバスの運転手をしていた23歳の頃。同僚に誘われて初めて登りましたが、最初はとても時間がかかって、途中であきらめて帰ってしまったといいます。けれど、山の景色が映し出す四季の移ろいに魅せられ、気づけば週に何度も登るようになりました。金剛山には登山回数を記録する制度があり、平野さんの記録は現在、1万5,500回を越え、金剛錬成会会員の中でも群を抜いてトップを誇ります。

    さすがは金剛山の伝説。登山中は、多くの人から声をかけられます。登山者の中には、平野さんの長年のライバルともいえる人もいて、若い頃は、一日にどちらが多く山を往復できるか競ったといいます。

  • 1人で登るときはよくラジオを聴くという平野さん。ただ、ぼーっと山を登ることはありません。次はどこの山道を、どのように整備するか常に考えながら登っています。まさに、金剛山をパトロールする守護神のような存在です。

    我が人生、山あり、谷あり、金剛山あり
    山登りにすっかりはまってしまった平野さんにとって、金剛山は生き甲斐になりました。結婚後は妻のアヤ子さんと夫婦登山へ、子どもが生まれれば親子登山へ。平野さんには、3人のお子さんがいらっしゃいますが、一番上のお子さんをなんと1歳半の頃におんぶして山に連れていったそう。子どもたちが大きくなってからは、部活動や習い事などで一緒に山を登る機会は減ってしまったといいますが、山の上で温かいうどんを食べたり、ソリやミニスキーで遊んだり、山での思い出は、忘れられない家族の思い出にもなっています。また、登山を通して友人も増え、富士山登頂やフルマラソンにもチャレンジ。金剛山で培った健脚が、さまざまな場所で大活躍しています。
  • 伝説はまだまだ終わらない
    平野さんの金剛山での活動は、登るだけにとどまりません。
    登山回数が1,000回を記録した1974年1月頃から、いつも登っている道が荒れているのが気になり、登山道の整備を始めました。知り合いから間伐材を分けてもらって、手すりをつくり、急な登り坂には階段も設置しました。他にも草を刈ったり、倒木をどけたり、整備は徐々に大掛かりなものに。最初は一人で作業していましたが、徐々に周りの人も手伝ってくれるようになり、今では登山道の90%以上に、彼の手がかけられているそうです。

    春夏秋冬を通して金剛山を登る平野さんですが、特にお気に入りなのが、冬の“樹氷”。宮崎県出身の平野さんにとって、それは見たことのなかった景色で、あまりの美しさに息をのんだといいます。

撮影を終えて

撮影の日に合わせて、わざわざ一緒に山を登ってくれた平野さん。登り始めてすぐ知り合いの方から挨拶されていて、さすがは“金剛山の伝説”の人だと驚きました。山に慣れていない制作スタッフたちがすぐに息が上がってしまう中、平野さんはどんどんと登っていき、あっという間に頂上へ。山頂付近には、登山回数のランキング表が設けられていて、平野さんの名前はもちろん、堂々1位の場所に記されていました。当日は天候も良く、気持ちのいい風が吹きぬけて、疲れた体も心もおだやかに。この日、多くの人たちが山を登る姿を見て、平野さんのおかげでみんなが安全に登れているのだなと、とてもありがたい気持ちになりました。これからも健康に気をつけて、さらに記録を伸ばしていってほしいです。

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