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南海100駅自慢

蛸地蔵

蛸地蔵駅

神頼みならぬ、蛸頼みなんていかがでしょう。

岸和田に伝わるのは、高波や戦乱から
人々を守ってきたという蛸に乗ったお地蔵さま。
蛸地蔵として知られ、駅名の由来にもなっています。
ご本尊を祀る天性寺の地蔵盆では、ご開帳された
秘仏のお地蔵さまの前に、地元の人が勢ぞろい。
数珠くりをして、家内安全や無病息災を祈るのが恒例です。
蛸を食べるのを我慢する「蛸断ち祈願」も、
このお寺らしい願の掛け方。
お地蔵さまに願いが届いて、
「多幸」が訪れるかもしれません。

愛が、多すぎる。蛸地蔵駅の自慢

蛸のお地蔵様

1584年、岸和田城は敵の軍勢から攻められ、落城寸前となった時、大蛸に乗った一人の法師と数千の蛸がどこからともなく現われ、凄まじい勢いで敵兵をなぎ倒し、城の危機を救ったそうです。そして数日後、岸和田城のお堀から傷を無数に負った地蔵様が発見され、城内に大切に収められました。その後、天性寺内にある日本一大きいとされる地蔵堂に移され、今に至っているそうですよ。

ステンドグラスの駅舎

蛸地蔵駅は1925年に建設された南欧風の駅舎で、南海本線でこの時期の駅舎は、ほとんど残っていないため、大変貴重な建築物です。西駅舎の天窓にはステンドグラスがはめこまれ、戦国時代に敵の襲撃から岸和田城を救った伝説を描いた「蛸地蔵縁起絵巻」のワンシーンを表しています。駅舎の歴史も一見の価値ありなのです。

岸和田のシンボルといえば

その昔、岸和田城のあたりは「岸」と呼ばれ、楠木正成一族の和田高家が、この「岸」に城を築いたことで、「岸の和田殿」。これが、「岸和田」の地名になったといわれています。その後、小出秀政が入城し天守閣を築造。その後落雷で焼失しましたが、1954年に城壁と櫓が再建されました。まさに岸和田市の観光名所”岸和田城”。でも実は、蛸地蔵駅から歩いて行くのが一番近いんですよ♪

突如現れる立派な日本庭園

蛸地蔵駅を降りて岸和田城の方に歩いていくと、広壮な回遊式日本庭園である五風荘に目を奪われる事でしょう!こちらは旧岸和田城内の新御茶屋跡などに1929年から10カ年の歳月をかけて造営されたそれはそれは立派な庭園。敷地は3,000坪もあり、見事な日本建築と庭園を見渡すことができますよ。現在は「がんこ岸和田五風荘」として美味しいお食事を楽しむことができます。

南海100駅自慢 メイキング

地元のお楽しみ「千日大法会」にて

今回お伺いしたのは、蛸地蔵伝説が残る天性寺。地元の皆さんが楽しみにしている年に一度の地蔵盆「千日大法会」を取材しました。この千日大法会は、秘仏である蛸地蔵尊が御開帳される貴重な日で、マジックショーや盆踊りなど、たくさんのイベントが開催され、お寺がお祭り気分でいっぱいに!その中でポスターにさせていただいたのは数珠繰りです。これは、子供から大人まで参加する、玉が大きくて長い数珠を回す儀式です。皆さんの気持ちが一つになったいい笑顔を見せてくれました。

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